カウントダウンの「ふたり」について
会報ではさらりt触れられていますが
本当に
良かったんですよ。
いまひとしきり泣いた。
何がどうで泣いたのかはわからない。(酔)
ディナーショーについて「どう空間支配していくか」と表現していて
もう
もう
堪らない。
いま
なんで泣いてるのかわからない。
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カウントダウンの「ふたり」について
会報ではさらりt触れられていますが
本当に
良かったんですよ。
いまひとしきり泣いた。
何がどうで泣いたのかはわからない。(酔)
ディナーショーについて「どう空間支配していくか」と表現していて
もう
もう
堪らない。
いま
なんで泣いてるのかわからない。
カチッとスイッチが入ったのが見えたのは「がむしゃら!NIGHT☆PARTY」。
どのタイミングかは忘れたけれど、ダンスのステップをトントンっと踏んだとき、ある瞬間でグイッときた。文字通り「本腰入れた」感じがした。
繰り返すけれど、それまで手を抜いていたとかではなくて、ただそこで、「あ、入った」と感じたというだけの話。
手抜きどころか今年の抱負は、目の前に立たれ、直接突きつけられた。
書物占い、というものがある。
占いたいことを念じながら本を開き、目に飛び込んできたフレーズをメッセージとして受け取るというものだ。
ゆくを経て、くるがあり、休憩をはさんで、またくる。
身も心も彼でいっぱいになっていた私に、突然“神託”は下された。
僕は君に何ができるんだろう
君は僕と何がしたいの?
目の前わずか1~2m、叫ぶように歌う。私たちを遮るものは何もない。
ああきっとこの人はいつも私たちに向けて「何ができるのだろう」と考えているのだ。
その叫びをもろに浴びた。そして彼は問う。「君は?」
何がしたいのか。
何がしたいのか。
ダイレクトに刺さった。
もちろん私は彼にとってone of themだ。
それでも「だから何もできるわけがないよ」と
拒絶されている感じはまったくなかった。
歌は続く。
もう夢じゃない もう夢じゃないんだ
私はみっちーについてご覧のような愉しみ方をしているが
さらなる高みへ向かわねばならない、と思った。
それが何なのか、まったくわからない。
だいたい、「高み」があるものなのか。
だが私は受け取ってしまった。
受け取ったと考える方が、そもそも頭がおかしいのだ。
しかしまさにこれこそが、私が耽溺する彼とのイマジネーションプレイなのだから仕方ない。
私の今年は、彼が直接突きつけてきた「私は彼と何がしたいのか?」を探り、求め、体現し、何事かを成さねばならヌ。
高みというからには上なのだろうか。
ああ昇ることは堕ちることに似ている。
これを総じて「ラヴソング」だという。
愛の歌だと
あなたはいう。
開場を待つ間、どこかからオープニングコスは「安心してください」をやるんじゃないか、という声が聞こえました。
「そんな下品なこと、やるわけなかろう」
とハッキリとピシッと言ってやりましたとも。
心の中で。
で、どこかのダンスの途中、ステージ上で一瞬、「相撲の立ち会いで全裸に見えるポーズ」を取る人がいました。
…あーこの人、基本お調子者だった…。
ずっと見ていたのです。
コスプレ衣装を目に焼き付けようと思っていたので、
頭の中でスケッチをしていたのです。
だから水を飲む後頭部を見ていたとき、
もう
次のスイッチが入っているのがわかりました。
「忘れてしまいたい」という可愛いテンポの曲の後とは思えない空気が漂っていた。
くるりとこちらへ向き直り、スッと立った、その姿。
頭の中でスケッチを続けていたので、目に焼き付いています。
立ち方はスターティングポジションに入っているかのようでした。
踵をつけるようにして爪先を開く。
左足が半歩先に、右足を少し後ろに引いているように見える。
立ち方がナチュラルじゃない。これは決めている立ち方だ。
例えばフィギュアスケーターが、音が鳴る前からポーズを取るように、
「ふたり」をピタリと決めたところからスタートさせる姿をハッキリと見ました。
それを見た瞬間、「これは総合芸術だ」と確信しました。
普通のミュージシャンなら、もう少しナチュラルに歌に入るかもしれない。
もちろん歌に心を込めることとは別の話です。
そして「ふたり」に型があるということではありません。
心を決めたとき、この人の動きはそれを体現するのだ、という話です。
常々、どうやってあのライブ空間全体をコントロールしているのだろうと思っていました。
歌で、音楽で、ダンスで、トークで。
もちろんそれらも大きな要素でしょう。それでも、私はこの日、1つの答えを見ました。
心を決めたとき、動作に現れる。
心がすべてをコントロールしている。
本当に、本当に小さな動きでした。いや、動きですらない。立ち方でした。
及川光博のステージのすべては、1点への集中から始まっている。
これを無理やり言葉にするなら、総合芸術という言葉しか、いまは思いつきません。
普通の歌のステージじゃないんですよ!
普通の歌のステージなら、もっとナチュラルに入るよたぶん。
そこから歌われた「ふたり」は、身動きとれないほど素晴らしかった。
スケッチなんかとうに忘れていました。
「旅だし。」の「ふたり」の解釈も、とても素晴らしいものでした。「若さのカタルシス」からの流れといい、ポツリとつぶやくように歌った「ごめんね」といい。
しかし、この夜の「ふたり」は、また別のアプローチとして心に届きました。
嵐のような激情を秘めた「ごめんね」、すごかった。
しかし本当にすごいのはその次の瞬間です。
「ありがとう」と、上手にいた私の方へ顔を向けて体を二つに折って振り絞るように歌っていましたが、次のフレーズに入った瞬間、ぎゅっと閉じられていた目がパッと開いて、一瞬にして正面へ向き直り、少し高い位置へ視線を飛ばしていました。
エメラルドのようなライティングの中、あの開かれた目と瞬時に変わる表情、移動する視線。この表現。
それらが指し示すのはただ1つ、ものすごいものを体感しているのだということ。
ふるえました。
本当に、本当にこれを2015の最後に見られて良かった。最前列で良かった。
書いておかなくては!!
メンバー紹介で今夜の抱負を語るあらケン。
正確な言葉は忘れたけれど、文意で
あらケン「今日は六本木のEXシアターで、頑張って演奏します… 心中する覚悟で!」
あんた! 駄洒落かい!!
誰も、みっちーですら受けていなかったのが不本意~。
ワタクシは膝にかっくん、きました。