だから、サンドグラス。

生きている限り人は
変わり続ける。

と掟上今日子#8を見て思う。
いやーこのドラマ面白いね!
CSで再放送が始まった「山おんな壁おんな」が当時の記憶以上にトンチキなドラマで辟易しているということは抜きにしてもね!

自分のことをツイていないと言って(実際ツイてない)、人生のほとんどをクサクサして過ごしていた厄介は今日子と出会い、変わった。元から性格はお人好しなのだけれど、「ツイてない!」と思うことがなくなり、何度も繰り返す届かない気持ちの落ち着け方を模索し、自分の中で折り合いを付けられるようになった。
せめて良きワトソンであろうとして、今日子と自分の気持ちに真摯に向き合う。

では、今日子は?

あー、一切成長できないんだこの人。

いまは無敵。推理させればたちまち解決。いっそ痛快だ。
可愛くて賢くて理解者にも恵まれている。もう格段にレベルが違う。
と、いうように見えるけれど、どうかな。実は今日子の方が悲惨な人生だ。
だって、ずっと同じことを繰り返さざるを得ないんだもの。
今日学んだ知識や誰かとの関わり方、されて嬉しかった想い出など、人の糧となるものが彼女には一切残らない。
彼女を取り巻く人々がどんどん年を重ねていく中でいつか必ず、
周囲が彼女を追い越すときがくる。
あんなに魅力的に見えた女性が色褪せる日が、きっと来る。
生きている限り人は変わり続ける。
彼女は時が止まっているのではなく、記憶がリセットされるだけだから、
性格や考え方がいまのまま、そのまま老人になるのだ。
初対面の人に服を買わせたり舌打ちしたりする老人に。
コエー。

などと風呂に浸かりながら考えていたら、「あ」と気づいちゃったんですよ。
今日子の人生は砂時計なんだって。
砂時計は往々にして人生に例えられる。落ちる砂がそのまま時間を表しているから。
けれど砂時計はひっくり返せば、すべてがリセットされてまた何事もなかったかのように時を刻み始める。
ガラスに閉じ込められた砂は、外からの影響を受けず、ただ砂を落とすだけ。
ああだから、舞台名がアパルトマン「サンドグラス」で、砂時計があんなに並んでたんだなあ第1話。
あれは今日子の檻の象徴。

さて。
#8では、いや#7でそんな今日子にも変化が訪れる。それは身体のメモに厄介の名前が加えられたこと。
3年間(と思われる。サンドグラスに来てから)、何の変化もなく、まくるの背にほぼ毎日ボールを投げつけていた成長のない今日子にとって、これはものすごく大きな変革だ。
それでも毎日、「この人がなぜ信用できるのだろう?」という謎を解き続けることになる。時には厄介に恋をする日もあるだろう。しかし、それは彼女の人生に何ももたらさないのだ。
明日の今日子のために、今日の今日子がもう一言だけ、厄介について書いてくれたらいいのに、と思う。
せめてもの救済のために。

今日子は何故日記を残さないんだろうと思ったんだけど、それを読むだけで1日が終わってしまうからだねきっと。

そしてここからが本題ですが、

ゲッツ! アンド ターン!!

ぶっ込んできました…!
あのね、ダンディ坂野さん、嬉しいと思うんだ。
そんでね、みっちーもこれ、ポーンとアドリブで入れたんだと思うんだ。
そういうところがみっちーの可愛いところだと思う。
もしワタクシがダンディ坂野さんだったら、みっちーのことをぐっと好きになる。だって嬉しいよ。
ダンディ坂野さんでないワタクシもぐっと好きになりました!
ていうか、ずっとぐっと好きーーーーーーーーーーー!!!!!!

#6 酔っ払ってダンスダンス!

ワタクシのことをどこかから覗いてらっしゃるの?
と思うような法郎さんの告白。
踊りてー! 酔っ払って一緒に踊りてええぇぇえぇええ!
それからサンドグラスでスツールに浅く腰かけているときの足の形が、あの素敵スタイルでグッときました。ぬかりない。こういう小さなことの集合体で彼は作られています。

さて、今回の物語のキモである、「本棚を見られたくない」という思考、ワタクシには痛いほど分かります。
ワタクシも絶対に本棚は見られたくない。あまりに見られたくないので、数年前にあらかた処分して「見られてもいい本」だけに整えたくらい、見られたくありません。
本棚はその人の文化の集合体なので、なぜそれを選んだか、なぜそれを好きかで、内面がわかる。服装とか趣味よりも如実にあらわれる。
これは1冊2冊を紹介したり、好きな作家を挙げたりするのとはまた違うものです。
思春期の鋭敏な感受性であれば、なお一層、知られたくない、見られたくないものだと思います。
あの殺意、わからなくはない。

物語最後の「恰好良く生きられる人なんていない」は、みっちーを思い出させて、ちょっと泣きました。
みっちーはスゴク恰好良く生きているように見えて
本当はそんなことない。
その「そんなことない」生き様を
そのまま晒す(肯定する)彼の潔さこそが、
まさに「格好良い」なのだ。
パラドクスのような、そこもまた、彼の魅力。

みっちーは本棚を晒すような生き方ってことなのかしら?
ワタクシは自分の底の浅さが露呈するのがイヤということなのかも。どうあっても等身大の自分しかいないのにね。まだ吹っ切れない。

大人になっても、まだいろいろ考える。

さて、物語として気になるのは、厄介が今日子に服を買ったとき、
今「どうしてこれを?」
厄「初めて会った時に真っ白だったから…」
というシーン。
それを聞いた今日子は、すこーしだけ間を空ける。
この人とは実は何度も会っている。
今日子の頭のキレをもってすれば、それくらいはすぐにわかる。
ドラマ冒頭の事件依頼の時に「はじめまして」と今日子は名刺を渡していて、彼はそこでは何も言わず「厄介です」と自己紹介しています。
以前会ったことがあるなら、そう言うはずが言わない。
つまり今日子の境遇を知っていて、それに理解を示すほど親しい。責めないほどには。
今回は、結構なターニングポイント回だったのではと思います。分かりやすいラストシーンよりも、こっちのやり取りの方が気になりました。
サンドグラスのメンバーとは、たぶん記憶がなくなる前からの親交なのかしらね?

病室でプリンを食べながら(食べる、ということは、生きるということ)涙を流す少女、夜空を見上げながらなんだかスッキリしている厄介、1人で恋心を噛み締める今日子。
と、そんな素敵シーン満載の#6ではありますが、既に編集され名シーンは削除済み。
だって……みっちーが出てないから!!(潔いワタクシ)

掟上 #5追記

しまった、肝心なことを書き忘れていた!
#5で、須永のことがバレそうになり、厄介を呼び出す法郎氏。

「厄介くん、ちょっと」

と呼んで、先に部屋を出るときの、テーブル脇を通るときに一瞬、

ツーステップ!

あー、みっちーに寄せてくるなあ。

王子様から王様に…。

王子を辞めて何になったかと思えば、
王様になっていましたワタクシの王子(元)ったら。
そんなわけで、「掟上」の第5話、ワタクシ的見どころは…
1)バスの中で眠る口元が開いている!
これ、みっちーなら閉じてる、
及川光博なら開くことがあるかもしれない、
そして法郎は開いているのか!!
新たな発見でした。眼福眼福。
法郎は口を開けて眠る。
魚は目を開けて眠る。
ああその唇まであと25cm…
その薄く開いた口にそっと滑り込ませたい… 君の中へ~~~
問 さて、ワタクシが法郎さんの口に滑り込ませたいものとは一体何でしょう?
答 (a)サキイカ (b)コウイカ (c)ホタルイカ
2)王様だぞ☆
禁じ手とはわかってはいるものの、ここは「王子様」と言って欲しかった。
ドラマの世界観をぶち壊すので無理だろうけれど。
王様も結構スレスレ感があるけれど、「俺様だ」というよりエレガントで
役柄には合っておりました。
しかし見どころは、この後の「休日です」のさらに後、
「何これ?」
ここ、ここ、こここここここおおおおおおお!!!
すごい素っぽい…!! かはぁ堪らん!!
3)「まるで鹿せんべい…」の台詞の後ろに鹿のはく製
ば、バカバカしすぎる! これは台本にある台詞だろうけれど
本人が得々として言っている感じがします。そうであって欲しいです。
その後、ズバッとメガネをはずし(ここ、ちょっとマシンマンぽい)
次に現れたときには、サングラスという。「変えただけか!」という。
そして繰り出される「嫁です」「(なよって)いつも家内がお世話になって…」
どっちが嫁なのか、両方嫁なのか、ブレてる台詞がいい。取って付けた感がある。
さらに、「関係があるような、ないような…」という人を食った話術で、
退場時に、「ハハハッ」という、得意の笑い声。
この一連の流れに笑った笑った。
同時に「うまくみっちーを使ってるなあ」と感心した。
人気作家の急死でマスコミが押し寄せるシーンがないのはおかしい。
けれどどうにかドラマからはシャットアウトしたい。
この部分、ドラマ中のマスコミと視聴者の両者を納得させるのに
まさに「みっちーっぽさ」がうってつけだという、強烈なシーンでした。
違う役者さんだったら、「ま、ま、あっち、あっちに行きましょ、ね、ね」とか
そういうものあるかもしれないけれど、あのハーメルンの笛吹きのように、
笛ならぬ法螺を吹いて人々を連れ去ってしまう技は、他の役者さんには…
あ、たぶん唐沢さんも持ってるネ。(笑)
前にも書いたけれど、これはファンタジーだ。
しかし恋物語でもあるので、あんまり架空の物語にしてしまってもつまらない。
そのあたりの橋渡しをするのが、この人は本当に上手い。
ドラマのスタッフの皆さんも、そこをよく理解して使ってるんだと思う。
 

* * *

ところで、バス会社が「イトハン」で、タクシーも「イトハン」。
謎の存在である「絆」井法郎氏は、
マツモトキヨシで欲しいものは何でも買ってくれるような坊っちゃんなのではないか。
飛行機のタラップの上で何か言っている口元がどうしても「カニ」と見えるあの。
厄介「えっ!? 法郎さんてあの、イトハン財閥の御曹司だったんですか!!」
法郎「あれ?(笑) 言ってなかったっけ?」
厄介「聞いてませんよぉ…!」
間違いなく実家には執事が!(ビジュアルは一択)

法郎さぁああぁぁんんんん

いつものようにみっちーの出演場面だけ編集編集。のち削除。本編は2度通して見たのでお許しいただきたい。
生活感のなさは相変わらずだけれど、珍しい、今回のキャラクターは俗っぽいです。予告の「個室に二人っきり♡」とか、本編の厄介は手を出せないだろう的な言葉とか。そんで年齢に合っているというか、普通の大人の男性。いや生活感はないのだけれど。あと年齢にしては派手だけれど。それが違和感ないけれど。
それから、みっちーと階段の相性の良さね! ワタクシはここを推したい。ていうかもう自分のステージだから! 階段にスッと腰掛けるのは! しかもベスト姿でね!!
あーほんと上手い。
今回も視聴者に、登場人物や物語の流れを違和感なく馴染ませる狂言回し的な役割。重用されてるなあ。
第1話は電話をかけてばっかりだったけれど、おかげで表情や声色の演技、そしてここが最も素晴らしかった「間」の演技。堪能いたしました。
特に掟上今日子のことを説明するときの、正面で一瞬、タメを作ってからメガネをクッと上げる。このとき、顔を隠すように手を添えるのが何とも素晴らしい。小さく入る「チャッ」というSEも素晴らしい。だってここで目がいくし、一瞬のタメにこちらもわずかに緊張する。そして告げられる今日子さんの、この物語の最大のキーとなる「記憶が1日で、リセットされる」というフレーズ。
予告ではさんざん出たフレーズだけれど、本編ではここ一番、晴れ着ここ一番、ズバッと視聴者に叩き込む必要がある。
うまいとこに、みっちーを持ってきたなあ。
もうね、こういう外連味というか、見得を切るような演技は他の追随を許さないと思います。
あとその時の背景がサンドグラスなのも良かった。記憶が1日でリセットというのは、やはり非日常的。それを告げる人物がなんだか非日常的で、その背景もレトロで非日常的。このシーンを見たとき、「ああ。うん。勝った」と思いました。何に勝ったのかはわかりませんが。

たぶん、昨日の自分。