今日(もう昨日か)は、人見2daysの2日目だった。
1日目に6列だった私は、2日目は26列目。
ただし傾斜があり、後ろでもよく見える。
どの曲だったか、皆の手首が光ったり、チラチラと瞬いたりして、
あぁ、きれいだなと思った。
いままでも後ろはあったけれど、こんな風に見えたことはなかった。
その美しい光景を見ていたら、ふっと
「こんなにたくさんの人が応援しているなら
もう私が応援しなくてもいいんじゃないかな」
と思った。
そのあと、「何考えてるのダメダメどうしちゃったのっ」と
思わなかった。
妙に冷静に、「あぁこれが、魔が差すってことか」と、考えていた。
人間、魔が差すってあるんだなあ。
ベイベーになって22年間、1度たりとも考えたことはなかった。
むしろ一生このまま突っ走るのだろうと思っていた。
まさか、そんなことを一瞬でも考える日がくるのだとは。
何がきっかけで気持ちが変わるのか、人間はわからないものだ。
同行のMちゃんは、ずっと同じテンションではない、波もくるだろう、
という意味のことを言い、とくに慰めるでもなく放っておいてくれた。
一晩眠ったら、ばかばかしい話になっているかもしれないが、
ここは私がみっちーへの思いを綴る場所なので、
これも書き留めておく。
なお今現在は、やめようというつもりはないが、何かしようという気力もない。
人見の覚書を書くかは未定。
好きはエネルギーがいる。
エネルギーはみっちーから供給されるのだが、それが難しい夜だった。
好きってエネルギーが必要ですね。
そして、自分の事を好きでいるのもエネルギーが必要です。
大げさかもしれないけど、
人生、波があるから、迷ったり、泣いたり、笑ったり、
相手の事を愛しく思ったり、必要とされたいと感じたり。
誰かの為に何か出来ないかと思ったり。
慈悲の心。赦す心。を覚っていくのだと思います。
追伸
人は弱くもあり強くもなれる
「嫌い」じゃなく、心がフッと無関心になった瞬間でした。
波はあるけど、高いところで上下しているつもりだったので、
ゼロ位置に止まるとは思っても見なかったです。
そういう時って、あるんですねえ。
あ、追加アクスタは買います。