そんな話。
ぱーりーたいむで涙したのは、ちょうど、海外イベントの話だった。
前提として最終日、噴火で飛行機が飛ばず、
予定していた飛行機に乗れず帰国できないかもしれないというアクシデントがあった。
結果は、無事に帰って来れたが、飛行機がいつ飛ぶかわからない状態。
飛ぶとしても、全員が乗れるかわからない。
(みんな乗りたい。ベイベーではない人も、みんな乗りたい)
とにかくベイベーたちは空港へ移動して待機した。
関東組と関西組がいて、飛行機は関東が先、と言われていたが、
実際は関西が先に飛んだと記憶している。
結果を振り返ればトラブルもなかったが、現場では不安定な状況。
空港に集められ、何時間だったか、飛行機が飛ぶのを待った。
休む場所も少なく、椅子も足りずに床に座ったり。
他の乗客と混ぜこぜで、添乗員さんも案内のしようがない。
楽しい楽しいファンクラブイベントの最後、本人に責任はないが、
ホスピタリティという意味では、確かにあまりよくなかったかもしれない。
私は飛行機が飛ばないのではしょうがない、と思いながらも翌日は仕事、
困惑していたベイベーも少なくなかったと思われる。
たぶんトラブルがあったら、矢面に立ったのは本人だ。
空港でのトラブルや、飛行機事故などがあったら、
芸能生活も続けられない可能性がなくはない。
イベントがが7月の中旬。
20年所属した事務所から独立したのが、同月下旬。
イベントの成功だけでなく、本人も独立で不安な一面を抱えていたんだと、
パーティーで気づいた。
みっちーの、「バリでは飛行機が飛ばなかったし」という話があったとき、
私のテーブルには複数のバリピーポーがいて、
皆、「うんうん」と大きく頷いていた。
とにかくバリ話の反応が良かった。
「事務所を独立して」という話が、その前後にあったのかな。
そうした思い出が一気にきたのか、一瞬にして、目に涙が溜まった。
ほんとに一瞬の出来事だった。
「いろいろ思い出しちゃった」と言ってた気がする。
「(ファンクライベントは)こうやって思い出を共有できるのがいいよね」と、
涙をたたえた目でこちらを見て、笑った。
涙を拭うのは、右手の親指の先なんだな、と思いました。
目の、白目のところが赤くなって、涙でキラキラしていました。