『幻夏』

相棒の脚本でお馴染み、太田愛さんの『幻夏』を読みました。
読んだきっかけは、みっちーが帯に推薦文を寄せていること。それから主人公が端正な顔立ちをした35歳くらいの男性で、柄シャツを好み、ナポリタンが好物と耳にしたからです。しかし、連日のパトレイバー祭もあり、絵面はゆうきまさみでしか浮かばヌ。神戸くんにも似てないしなー。みっちーも、演じろと言われれば演じると思うけど、別にみっちーでもない。
ま、当たり前ですが。
最後にネタばれありの感想を書いたので、以下記事はたたみます。
 


一言でいえば、面白かったですよ!
次から次へと謎が出てき、途中は怖かった。謎が解けた最後はどうなるのかというのにもひかれた。
登場人物たちもよく動いています。さすが脚本家さんは上手いなあと思う。
伏線の張り方やリフレインされる描写も抒情的で胸をうつ。

しかし私にとっての本作のキモはここです。
「誘拐された少女が死んでいない」ことが誤報(=もうこの世にいない)、という知らせが入ったときの、
 

幹部の間に波のように安堵が広がった。

(幻夏)

という一文です。この破壊力は凄まじいものがありました。
本来なら、少女が「助かった」ときに安堵すべき警察官の描写です。
物語中、少女に罪はありません。

そこへ至るまでの描写が細かく幾重にも重ねられていくのですが、それらがどうであれ、上記のような光景が許されるべきではないのです。

狂ってる。

そのあと、文章はこう続きます。
 

この記者会見は、寺石孝之の殺人および死体遺棄容疑での再逮捕を受けて行なわれるのだ。この期におよんで理沙が生きているとなっては、取り返しのつかない大失態を演じたことになる。

(幻夏)

この描写は後半の、スピード感ある展開の中に盛り込まれているので、うっかりすると読み飛ばされてしまうかもしれません。けれど本作のテーマとなる「冤罪」について、いちばん端的に表現された箇所ではないでしょうか。

主人公たちに寄せる、言いようのない悲しみや痛み、といった部分にも、読んでいる途中は随分と引き込まれたのですが、キモを見つけてしまった時、すべてはこの一文へと終着させるために敷かれたレールでしかないのでは、と思えてなりませんでした。
そんなわけで、みっちーが寄せた帯の文章とはまったく違う(と思われる)読後感でした。
 

* * *

さて、では前作も読むか?といわれると、読まないだろうと思います。
本作は十分堪能したのですが、その一方で、ミステリーというジャンルはそんなに好きじゃないんだな自分、と思いました。こういうのは“好み”だから、なんとも。難しいものですね。

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