ターニングポイント。

昔のみっちーと今のみっちー。
ワタクシにとって、どこがみっちーのターニングポイントだったかは、はっきりとわかっています。
それは平成15年(2003年)4月23日の「うたかた。」 長野公演です。
何度か書いていますが、昔のみっちーは、本人が打ち出したいものと、受け手の間にかなりの温度差がありました。
 

(流星 108号のインタビューに、「流れは自分で作りたい」という話が載っています)

若い頃はこのポリシーがもっと顕著で、ツアーコンセプトをくずされたくないという思いがひしひしと伝わってきていました。
いや違うか。くずされたくない、というよりは、練り上げて完璧に仕上げた完成形をきちんと届けたいという、彼の最大限の愛情だと思います。
それが故にみっちーの態度も割とストレートで(いまもそういうとこ、ある)、観客も無遠慮で、ライヴを通じて互いに傷つけあい、ワタクシは何度も泣きながら会場を後にしたものです。
「翼をください。」は、その最たるものだといえるでしょう。
元々ワタクシは、自分の好きなものを人に勧めるのが苦手です。
好きすぎると当ブログのように頭がおかしくなってしまい、
友人が引いてしまうのがわかるからです。
この長野公演は、いまも一緒に行っているKRと行った、彼女の初・生みっちーだったのですが、クセのあるみっちーのライヴにKRは泣かされるどころか大興奮で、そのままベイベーになってしまいました。
そのときに
「ああ、変わったんだなあ」
と、はっきりと自覚したのです。
KRはこんなの見て楽しめるだろうか。←こんなの呼ばわり
私がハマっているものが、KRを傷つけやしないだろうか。
KRが拒絶し、ワタクシがそれに傷つかずにいられるだろうか。
それらはすべて、杞憂でした。
ずっと中にいたからわからなかったけれど、
感情を迸らせ、声を荒げることもあったみっちーは、
いつの間にか、戦い方を変えていました。
笑顔で
ベイベーを増やしていたのです。
「翼をください。」のときに、「楽しいだけのライヴは終わりだ!!」と叫んだみっちー。
いまは、楽しくて、楽しくて、楽しくて、でも楽しいだけじゃない、ライヴになりました。
もうほんと笑っちゃう。涙が出ちゃうほど。
オリンピックもそうですが、人が努力の上に勝利を勝ち取る姿は、心揺さぶるものがあります。
彼の変化はもっと早いうちから始まっていたはずです。
それが結晶したターニングポイントは2003年の公演。
ワタクシの中では、そう決まっているのです。

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